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1月13日(金)の夕刻、TOTOギャラリー・間の 「長谷川豪展-スタディとリアル」のプレス内覧会へ出掛けた。 実はこれより先、15:00~16:00に プレス・カンファレンスがミッドタウンで開催された。 しかし昼間の早い時間では無理だった。 昔のように夕方の会場で、 出展者がプレス関係者の前で話してくれるほうが、 展示と一体になって分かりやすく和やかでいいのだが、 などと思いながら3階の会場に足を踏み入れた。 展覧会場の長谷川豪(ごう)さん ©Synectics ![]() 僕は会場に入った途端に、展示がぎこちないと思った。 なぜってあんなに大きな白い展示台の上に、 わずかにシンプルで小さな模型が置いてあるだけで、 ほとんどの部分はタブラ・ラーサ。 長谷川さん、これは何かやってるな!でピンと来た、 「桜台の住宅」のあの有名なテーブルだろう! 展示係に聞くと案の定。僕が感じたぎこちなさは氷解。 だが4階会場のそれはもっと大きく、これは皆目検討がつかなかった。 白い大きな展示台の上はほとんどがタブラ・ラーサ(空白) ©Synectics (左) 「桜台の住宅」の大テーブルを見下ろす ©新建築社写真部 (右) ![]() ![]() 4階のタブラ・ラーサははるかに大きく、その正体は未知。 3階に戻って長谷川さんに会った時に聞いてみた。 すると「狛江の住宅」の高さ1メートルのテラス・ガーデンの広さだった。 さすがに僕もこれには気が付かなかった。 3階・4階の演出は、長谷川さんらしいウィッティな展示アイディアだった。 そのあとで展示係の人に言われた。 それは頂いた資料に出ているということだった。 一生懸命解読しようとしたのに!資料を読まなかった自分がとろい! 「狛江の住宅」のテラス・ガーデンに匹敵する大きさの展示台 ©Synectics (左) 「狛江の住宅」をテラス・ガーデン側から見る ©長谷川豪建築設計事務所 (右) ![]() ![]() 3階の外部展示作品は、 内部の小さなシンプルな模型とは対照的で大きな実作品。 高さ10メートルもある「石巻の鐘楼」は、 実物大の展示作品で圧倒的な迫力だ。 でも子供の遊具でもあるらしい。 この実作品を復興支援の建築作品として、 石巻市の幼稚園に寄贈するという。 そのアイディアや良し。 18時にTOTOの社長が来られて鐘楼の鐘を鳴らした。 早期復興への願いを込めたカンパネラの音は展覧会場に響き渡り、 僕たち来場者へ復興支援の重要性を再認識させてくれた。 石巻へ寄贈される「石巻の鐘楼」 ©Synectics (左) 高さ10メートルを見上げる ©Synectics (右) ![]() ![]() 完成した作品はわずかに住宅が9件というつつましやかな長谷川さんが、 なぜギャラリー・間という建築の桧舞台で個展が可能だったのか。 彼の作品は住宅作品ながら、 常に都市への視座を忘れていないのが特徴だ。 「五反田の住宅」のエントランスでは、 無意識に住み手の身体感覚が街に拡張していく状態を創出。 「狛江の住宅」では、クライアントがもつ 近隣コミュニティ性を理解して庭を都市へ開放。 「駒沢の住宅」では、小屋裏的な2階から スノコ状の床を通して街を知覚する。 「練馬のアパートメント」では、容積率には入らない 半外部空間としてのテラスを全戸につけることで、都市への視点を拡大。 「浅草の町家」では、 タイトな都市住居を断面的な解決で濃密な関係性をつくる等々。 都市とのポジティブな相関性は際立っている。 大胆なアイディアと周到な設計、 これが長谷川豪さんを未来へGoさせる牽引力だ! 「五反田の住宅」は垂直に切り開かれたエントランスが都市と融合する(左) 「駒沢の住宅」は2階のスノコ状スラブ越に大きな開口部から都市を知覚(右) ![]() ![]() 「練馬のアパートメント」は全戸に都市に連繋するテラスがある ©Iwan Baan (左) 輻輳する吹抜け空間が「浅草の町家」の断面的解決 ©Synectics (右) ![]() ![]() 長谷川豪展―スタディとリアル 会場: TOTOギャラリー・間/03-3402-2541/入場無料 会期: 2012年1月14日(土)-3月24日(土)/11:00-18:00 Photos: Courtesy of GO HASEGAWA & ASSOCIATES, Gallery MA and Synectics. text : Masayuki Fuchigami / Synectics inc. (クリックすると写真が大きくなります)
現代メキシコ建築家界の巨匠リカルド・レゴレッタが、
昨年末の12月30日、80歳の生涯を閉じた。 僕はネットでこのニュースを知り驚いた。 昨年10月末に、高松宮殿下記念世界文化賞の受賞で 来日して会った懐かしのレゴレッタが (ブログ111025「リカルド・レゴレッタと18年ぶりに再会」掲載)、 それからわずか2ヶ月余で旅立ってしまったからだ。 彼は賞金の一部を日本のユニセフに寄付した篤志家でもあった。 2011 年の世界文化賞受賞者たち。小澤征爾の横がレゴレッタ ©Synectics (左) 賞金を受けるレゴレッタ。一部を日本ユニセフへ寄付 ©Synectics (右) ![]() ![]() 僕がレゴレッタに会ったのはわずかに2回で、それもすべて日本でだった。 1回目は磯崎新氏がプロデュースした18年ほど前の、 フジタ都市講座での来日講演のときだった。 彼が宿泊している銀座のホテルでインタビューをした懐かしい思い出だ。 この時のインタビュー記事の一部は、 拙著『世界の建築家-思想と作品』(彰国社)に掲載されている。 銀座でインタビューした当時の顔写真 ©Synectics (左) 本の写真 ©Synectics (右) ![]() ![]() 2回目は昨年の世界文化賞の受賞式だった。 そのカクテル・パーティで、 僕は「18年ほど前に銀座でインタビューをしたことがあります」と言うと、 「それはまたずいぶん古い話ですが、 今度メキシコに来たらぜひ事務所に寄ってください」と言われた。 それで今年は、ルイス・バラガンやレゴレッタの 建築見学ツアーを考えている矢先の訃報だった。 建築と同じようにカラフルなシャツが似合うレゴレッタ ©LEGORRETA+LEGORRETA (左) 18年ぶりに力強い大きな巨匠の手で握手されて感激だった ©Synectics (右) ![]() ![]() 200件ほどの作品残したレゴレッタは、 日本では唯一の作品を湘南の葉山の先にある秋谷に残している。 (ブログ110712掲載) この海際の美しい敷地は、 以前吉村順三設計の「羽仁五郎の別荘」があったところだ。 「カーサ・レゴレッタ」と呼ばれる住宅は、 秋谷漁港の海に突き出た防波堤から見るアングルが秀逸。 洋上遥かに江ノ島を望み、右手に「レゴレッタ・ハウス」を視野に収める。 湘南の夏が終わり、オフシーズンとなった小漁村の佇まいは 僕のお気に入りで、何回となくドライブに行ったことがある。 海側から見た白亜の「カーサ・レゴレッタ」 ©Synectics (左) 瓦屋根の向こうに見える白亜のアプローチ側外観 ©Synectics (右) ![]() ![]() 長い門扉はテレスコピック(入れ子式)に格納される ©Synectics (左) 海を背景にした僕の愛車ロードスターと住宅のツーショット ©Synectics (右) ![]() ![]() 今は亡きレゴレッタへの追憶の時を求めて、いつかまた秋谷を訪れたい。 Vaya Con Dios, Legorreta!(さらばレゴレッタ、神と共に!) 「カーサ・レゴレッタ」の懐かしいスケッチ ©Synectics ![]() text : Masayuki Fuchigami / Synectics inc. (クリックすると写真が大きくなります) 1月9日は成人の日に相応しく快晴で、 暖かな日和に恵まれた好日だった。 そんな陽気に誘われて、展示終了を1週間後に控えた 東京国立近代美術館の「ヴァレリオ・オルジャティ展」に出掛けた。 周知のように「近美」は 建築家谷口吉生さんの尊父・谷口吉郎氏の名作。 道路を挟んだその横には、先頃他界された 日建設計の林昌二氏の「パレスサイドビル」もあり、 両雄並び立つといった皇居前の素晴らしい建築風景なのだ。 谷口吉郎設計の「東京国立近代美術館」 ©Synectics (左) 林昌二設計の「パレスサイドビル」 ©Synectics (右) ![]() ![]() スイスの建築家ヴァレリオ・オルジャティは、 僕自身昨年送られてきた資料を見て初めて知った建築家であった。 パンフに大きく掲載されていた「パルミ21世紀美術館」をみて、 興味を掻き立てられた。 アントニオ・ガウディ流のカテリーナ曲線をモチーフにしたような、 外壁のシークエンシャルな白いデザインが美しくもあり面白くもある。 一度見たら忘れられないフォルムだ。 ピーター・ズントーが審査員で、ザハ・ハディドらを破った 国際コンペの1等案だが、実現されず仕舞いで残念だ。 ヴァレリオ・オルジャティ ©Pedro Cho (左) カテリーナ曲線が連続する「ペルミ21世紀美術館」 Rendering:©Total Real AG (右) ![]() ![]() 展覧会を見て、僕はオルジャティという人は なかなかユーモアのある建築家と思った。 「スイス国立公園ヴィジターセンター」では、階段をY字形に分枝させ、 さらにそのふたつの階段を先細りさせ、 パースペクティブを強調した左右対称のおかしさ。 「リナルド・バルディのアトリエ」では、 屋根部分のないフェイクな切妻だけを外壁の上部につけたり、 「カウマ湖のプロジェクト」(未完)では、冬の渇水期になると 1階部分が出てくるという愉快な建築である。 「スイス国立公園ヴィジターセンター」の左右対称的な階段 ©Javier Miguel Verme (左) フェイクな切妻がちょっと見える「リナルド・バルディのアトリエ」 ©Javier Miguel Verme (右) ![]() ]1階部分が水面下に隠れている「カウマ湖のプロジェクト」 Rendering:©Meyer Dudesek Architekten ![]() オルジャティは1958年スイスのクール生まれ。 現在はグランビュンデン州フリムスの片田舎にアトリエがある。 クールといえばズントーの初期作品「クール美術館連絡橋」があるところで、 両者はグランビュンデン州で仕事をしているという共通点がある。 またズントーの父親は家具職人、オルジャティのそれは建築家で、 双方ともに父親の影響が大きい。 さらに両者はアメリカで修業しているといったことでも似ている。 オルジャティの生地クールにある「クール美術館連絡橋」 ©Synectics (左) 世界文化賞受賞時のピーター・ズントー ©Synectics (右) ![]() ![]() 展覧会そのものは通常のそれとは異なって、 壁面を一切使用せず、床面の台の上に写真情報を置き、 白い模型を立ち並べたユニークな構成だ。 模型はすべて彼が気に入った1:33のスケールでできたもので、 細部が省かれた抽象性の高い模型。 その分彼のデザイン的特徴である 構造的なコンポジションが容易にわかる仕組みだ。 水平に置かれた写真は、その作品のスライドショーの他に、 彼が「図像学的自伝」と呼ぶ、彼に影響を与えた図版や絵画や写真が、 参照的なエレメントとして並置されている。 その中には「腰掛蟻継」や篠原一男の「愛鷹の住宅」の写真もあったが、 その解読は難解だ。 建築作品と同様非常に手の込んだこの展示空間こそが、 東京国立近代美術館という敷地を借りて、 彼が提示した建築なのではないだろうか。 垂直的な模型群と水平に配された写真情報が織り成す展示空間 ©木奥恵三/提供:東京国立近代美術館 ![]() ヴァレリオ・オルジャティ展 会場:東京国立近代美術館・企画展ギャラリー(03-5777-8600) 会期:2011年11月1日(火)-2012年1月15日(日) text : Masayuki Fuchigami / Synectics inc. (クリックすると写真が大きくなります)
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